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ジョン・コイン「闇から来た子供」

20070108195529[1] 闇から来た子供
 ジョン・コイン
 扶桑社






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 所謂、B級ホラー小説といって差し支えないと思います。
 取り立てて特筆するところはありませんが、B級ホラーの許容は、ホラーを嗜む以上、常に付いて回りますし、この小説が嫌いではないので、ここで取り上げてみました。
 ジョン・コインは、以前「レガシー」というホラー映画のノベライズを書いた人だそうですが、今更「レガシー」と言われても…というのと、他では「罠」だか「プレデターズ」だかといったホラーアンソロジーで、短編が訳されたくらいしか名前を見た覚えがありません。こと日本では、十分にマイナーな小説家だと思います。この作風なら、それもむべなるかな、というのが正直な印象です。

 まずは解説にあることを、そのまま孫引きします。解説はコインの概略を、上手く要約しています。
 ジョン・コインの小説は、無闇に暗く陰惨な作風に定評があり、郊外の田舎町を好んで舞台に選び、RPGゲーム、ニューエイジといった現代風(といっても、もう30年近く前の話ですが)の設定を用いるも、幽霊、因襲、宗教といった古典的題材に怪異の源泉を求め、自己探求型の女性主人公を好んで描く、といった辺りが共通の特徴のようです。このことから、ジョン・コインが作風を毎回変える挑戦型の作家であるより、定型の枠内で語ることを好む、金太郎飴型の作家であることが窺えます。
 以上の特徴と、実際に読んだ印象から、同じ金太郎飴型ホラーの大御所、ジョン・ソールの名前がを嫌でも思い浮かびますが、実際、二人の作風はよく似ています。
 この小説を読む限り、田舎町の因襲、旧家の怨念といった題材を好んで用い、とにかく暗く陰惨なソールの作風の影響が、至るところから見て取れます。ペースが遅く、粘着質で異様にしつこいソールの文体が、ソールの小説には見事に合致していますが、コインの文体には、ソール譲りの(?)異様に粘着質な部分と、強引で筆の荒い部分が混在しており、個人的にはこういうごつごつした印象の、噛み合わせの悪い部分のある小説は好きです。噛む合わせが悪いということは、読んでいて引っ掛かる部分(考えさせられる部分)もあり、そういったことを以下に考えてみます。

 コインのしつこさも、ソールのしつこさも、話をとにかく暗い方へ暗い方へと運びたがる、展開のエスカレーションを基調にしていると思いますが、コインの小説には加えて、女主人公の果てしない自己韜晦と自己合理化が付き纏います。この部分が相当にしつこく、気持ちを持ち直す、崩れる、持ち直すといった、無限ループを最後まで繰り返すので、ここがこの小説で読んでいて、最も堪える部分でした。
 話は飛びますが、以前、自分が発表した小説に読者の方から、主人公が嫌いなタイプなので、(怖い目に遭って)「ザマぁ」と思った、という感想を戴いたことがありましたが、その時に私が思ったのが、「そう思われたのなら、これは失敗だ」ということでした。この感想はとても示唆的で、怖い目に遭う人のありようを読んで、読者がそれを追体験するのがホラー小説の基本的な形だと思いますが、作中の人物に抱くある種の感情が、読者に抱いて欲しい恐怖と相反する場合があります。特に作中の人物への嫌悪感が刺激された場合、恐怖を阻害しかねないことが多い気がします。
 この小説を読んだ時の私が女主人公に抱いたのが、先の読者の方と殆ど同じ、「コイツ、何やねん!」という気持ちでした。自分の小説が人から見ると、こう伝わるのかという実例をこの本に見た気がしました。全く個人的な事柄ですが、これは善いことでした。
 主人公は聡明なソーシャルワーカーとして描かれ、事務的な業務内容に疑問を感じ、地下の中で暮らしていたホームレスの少年の里親になるところから物語が始まりますが、この主人公は聡明どころか、ことある毎に気持ちを昂らせ、一喜一憂というレベルを越えて、何かあればめそめそ泣き、他人に喰ってかかり、自己憐憫と自己合理化の間を忙しなく行き来し、横恋慕を常に画策し、トラウマもしこたま抱え込んでいます。
 そこに作品の主題たる、「悪とは何か」という果てしない自己問答の開陳が加わります。この小説で事件が起きていない時の描写の大半が、この女主人公の心理の変遷に費やされますが、この小説の一番の問題は、この変遷が実に不自然なことです。著者が作品を暗い方へ導きたいので、この場面では(主人公に)こう思って欲しい、といった恣意性を至るところに感じます。さすがにソールの小説は、ここまで不自然ではなかったと思います。
 展開を優先し、状況毎に人物の感情を恣意的に操作し続けた結果、本来そんな意図はなかったのに、総体としてとても厭な女に仕上がっていた。そんな気がするのです。また、都合良くエロいところが、実に恣意性を感じさせます。
 三人称多視点で描かれるこの小説には、他にも何人かの主要人物が出ますが、この女主人公同様に、大半の人間が身勝手で自己都合を優先し、判断基準の目安があられもない性欲です。内面描写が多いのに、露骨な思考の変遷が延々と続くところに、この小説の大きな問題があります。ただ、不埒な性欲が死を招くのはホラーにおける定石でもあり、作品に惨殺描写が溢れ返ることにも繋がります。長所と短所が表裏一体となった、歪つな力が作品から伝わってきます。
 
 人物の内面を描く粘着質なしつこさに反して、中盤以降バタバタと人が死ぬ描写は、随分と筆が荒く性急です。途中で出た人間が、その章の中でいきなり死ぬ(所謂、ただの「死に役」)のはざらで、最後は主人公が何処に行けば、誰かの死体に出喰わすといった状態になります。この物量作戦のような死の数々は、先の内面のしつこさとは異なる反復行為によるしつこさがあり、延々続く死を読まされ続けると、一つ一つの死が幾ら安手でも、作中に死が蔓延しているといった、ホラーとしては好ましい気配が作中に漂い出してきます。
 実は、性急で粗末な死が溢れるこういった感じには、何かしら記憶に残るものがあり、それは何かと探っていたら、イギリスのスプラッタパンク小説家、ショーン・ハトスンの感じにそっくりなのでした。ショーン・ハトスンの作風は、コインの作風から面倒臭い内面描写を取っ払って、ひたすら殺戮の為の殺戮を描く、B級ホラーの鑑のような人で、私は当然ハトスンの小説が好きです。
 
 という訳で、ジョン・コインという人は、ジョン・ソールの皮を被ったショーン・ハトスンでした。
 これが本稿の結論です(珍しく結論が出ました!)。
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