タニス・リー「パラディスの秘録 死せる者の書」
![20070108195529[1]](http://blog-imgs-97.fc2.com/a/b/c/abc01784/201706032048414ea.jpg)
タニス・リー
創元推理文庫
-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
ダークファンタジーの女王こと、タニス・リーが、1988年から93年にかけて発表しました、
全四部の連作集「パラディスの秘録」の、三冊目に当たる短編集です。
「パラディスの秘録」は、現実のパリを下敷きにした架空の都市、パラディスを舞台にしたシリーズで、
この短編集には、パラディスの様々な時代や場所を舞台にした短編が、八篇収録されています。
私は、ファンタジー色の強い作品は、これまであまり手が延びませんでしたが、完全な食わず嫌いでした。
この本を皮切りに、「パラディスの秘録」シリーズは、全て読もうと決めました。
この短編集ですが、各短編の間に、誰とも知れない語り部が、
パラディスにある墓の一つひとつを紹介する短文が、挟まれています。
つまり、ここに出ている作品の全てが、既に死んだ人を描いた作品になっています。まさに、「死せる者の書」です。
各作品はバラエティに富んでいますが、パラディスという都市が、普段私たちが住む現実よりも、
生と死の境が近い(それに怪異も)という、モノトーンを基調にした、ある種の共通の空気感が感じられます。
作品のコンセプトとして、実に秀逸だと思います。
そもそもが四部作でもあり、まだ未読ですが、おそらく他の作品にも、作品ごとに仕掛けがあるのでしょう。
大枠は非常に構造的ですが、実際に小説を読んでまず感じるのは、タニス・リーの類い稀なる、言葉を紡ぐ力です。
こう書くと当たり前で恐縮ですが、小説は単に、物語を語るだけのものではないわけでして、
小説は読み進めるうちに、読者の頭の中に、その世界の肌触りや、登場する人間の感情などが、様々な色合いを帯びて、
どっと流れ込んでくる――そういったところに、読むことの愉しみと妙味があるように、私は思います。
単に物語を語る為に、効率よくお話を伝える文章と、タニス・リーの紡ぐ言葉には、そもそも言語の組成が違うと感じます。
とはいえ、一方では、やっぱり物語を伝えることも必要でして、ある物語を伝えながら、文章の煌めきがまるで衰えない、
そこに、タニス・リーの紡ぐ言葉の強さがあると感じました。
こういうことは、もう他人に真似のできる領域ではないです。
色彩豊かで、淫靡なのに、貧しい女性の素朴さを描かせると実に上手い――文章を目で追うだけで堪能しました。
肝心のお話ですが、これだけ幻視的な文体があれば、いくらでも夢幻的な展開だけで押し切れそうですが、
どの作品にも、一応オチらしきものが付いているのが、おや、と思ったところでした。
「世界の内にて失われ」という、素敵な題名の作品など、まさに幻視のビジョンが作品の大半を占めて、圧巻なのですが、
最後で突然、主人公が巨大な鳥に攫われて宙吊りになる、すごい展開を迎えますが、
何でこんなことに…と思って読んでいると、それがオチに繋がるという、
いや、むしろ鳥に攫われないと、オチが成立しないという、オチの成立に目を剥くような作品もありました。
単純にオチに限って言いますと、タニス・リーより上手い小説家は、幾らでもいると思いますし、
それらは、基本的に手続きが、もっとスマートだと思うのですが、タニス・リーの小説のオチの不可思議さは、
それが展開主導ではなく、ビジョン主導で湧き出たものだから、という気がします。
そして基本的にファンタジー小説ですので、展開による話の繋ぎよりも、イメージの繋がりが優先される為、
イメージの接ぎ木が、作品によっては、例えば鳥に攫われる、というすごい繋ぎに変わるのだと思います。
このような、ある種の強引さも、他の小説では、なかなか味わえない類の感触だと思いますし、
そういったところにも、この小説家の独自性があると思い、私は愉しく読ませて戴きました。
いずれにしましても、オチを云々する小説家ではないですし、まず何よりも、文章を堪能する小説家だと思います。
読みながら、しばし溜息が漏れるような、素敵な読書体験でした。
スポンサーサイト