タニス・リー「パラディスの秘録 死せる者の書」

20070108195529[1] パラディスの秘録 死せる者の書 
 タニス・リー 
 創元推理文庫






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ダークファンタジーの女王こと、タニス・リーが、1988年から93年にかけて発表しました、
全四部の連作集「パラディスの秘録」の、三冊目に当たる短編集です。
「パラディスの秘録」は、現実のパリを下敷きにした架空の都市、パラディスを舞台にしたシリーズで、
この短編集には、パラディスの様々な時代や場所を舞台にした短編が、八篇収録されています。
私は、ファンタジー色の強い作品は、これまであまり手が延びませんでしたが、完全な食わず嫌いでした。
この本を皮切りに、「パラディスの秘録」シリーズは、全て読もうと決めました。

この短編集ですが、各短編の間に、誰とも知れない語り部が、
パラディスにある墓の一つひとつを紹介する短文が、挟まれています。
つまり、ここに出ている作品の全てが、既に死んだ人を描いた作品になっています。まさに、「死せる者の書」です。
各作品はバラエティに富んでいますが、パラディスという都市が、普段私たちが住む現実よりも、
生と死の境が近い(それに怪異も)という、モノトーンを基調にした、ある種の共通の空気感が感じられます。
作品のコンセプトとして、実に秀逸だと思います。

そもそもが四部作でもあり、まだ未読ですが、おそらく他の作品にも、作品ごとに仕掛けがあるのでしょう。
大枠は非常に構造的ですが、実際に小説を読んでまず感じるのは、タニス・リーの類い稀なる、言葉を紡ぐ力です。
こう書くと当たり前で恐縮ですが、小説は単に、物語を語るだけのものではないわけでして、
小説は読み進めるうちに、読者の頭の中に、その世界の肌触りや、登場する人間の感情などが、様々な色合いを帯びて、
どっと流れ込んでくる――そういったところに、読むことの愉しみと妙味があるように、私は思います。
単に物語を語る為に、効率よくお話を伝える文章と、タニス・リーの紡ぐ言葉には、そもそも言語の組成が違うと感じます。
とはいえ、一方では、やっぱり物語を伝えることも必要でして、ある物語を伝えながら、文章の煌めきがまるで衰えない、
そこに、タニス・リーの紡ぐ言葉の強さがあると感じました。
こういうことは、もう他人に真似のできる領域ではないです。
色彩豊かで、淫靡なのに、貧しい女性の素朴さを描かせると実に上手い――文章を目で追うだけで堪能しました。

肝心のお話ですが、これだけ幻視的な文体があれば、いくらでも夢幻的な展開だけで押し切れそうですが、
どの作品にも、一応オチらしきものが付いているのが、おや、と思ったところでした。
「世界の内にて失われ」という、素敵な題名の作品など、まさに幻視のビジョンが作品の大半を占めて、圧巻なのですが、
最後で突然、主人公が巨大な鳥に攫われて宙吊りになる、すごい展開を迎えますが、
何でこんなことに…と思って読んでいると、それがオチに繋がるという、
いや、むしろ鳥に攫われないと、オチが成立しないという、オチの成立に目を剥くような作品もありました。

単純にオチに限って言いますと、タニス・リーより上手い小説家は、幾らでもいると思いますし、
それらは、基本的に手続きが、もっとスマートだと思うのですが、タニス・リーの小説のオチの不可思議さは、
それが展開主導ではなく、ビジョン主導で湧き出たものだから、という気がします。
そして基本的にファンタジー小説ですので、展開による話の繋ぎよりも、イメージの繋がりが優先される為、
イメージの接ぎ木が、作品によっては、例えば鳥に攫われる、というすごい繋ぎに変わるのだと思います。
このような、ある種の強引さも、他の小説では、なかなか味わえない類の感触だと思いますし、
そういったところにも、この小説家の独自性があると思い、私は愉しく読ませて戴きました。
いずれにしましても、オチを云々する小説家ではないですし、まず何よりも、文章を堪能する小説家だと思います。
読みながら、しばし溜息が漏れるような、素敵な読書体験でした。
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澤村伊智「恐怖小説 キリカ」

20070108195529[1] 恐怖小説 キリカ
 澤村伊智 
 講談社






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以前、記事をアップしました「ずうのめ人形」の著者、澤村伊智の三作目のホラー小説になります。
今作は、「ずうのめ人形」とは、全く違った恐怖に挑んでいて、「ずうのめ人形」とは異なった面白さと、
「ずうのめ人形」にも共通する、この著者の資質的な面白さ(怖さ、と言ってもいいと思いますが)が混在した、
非常に面白い小説でした。本当にこの著者は、何を書いても大丈夫なんだと、意を新たにさせられました。

前作と共通する、著者ならではの面白さですが、まずはやはり何と言っても、展開の運び方の面白さだと思います。
しかもこの著者は、その筋運びの随所(特に物語の転換するところ)に、ある種の叙述的な仕掛けを用いてくるので、
この面白さを書くと、単純に未読の読者の方には、ネタバレになりますので、詳しく書けないのですが…。
ある種、映画的と言ってもいいくらいの構築ぶりですが、一方、叙述的な仕掛けは、小説だからこそできることでもあり…。
この辺りの匙加減が、ちょっと他の小説家にはない、著者独自の強みという気がします。
また、既存の他者の小説を大きく取り上げる、という手法は今回も健在で、それをより堂々と推し進めています。
これもネタバレに相当しますので、詳細は控えますが、「ずうのめ人形」で、個人的には感じた違和感どころか、
今作では、「え!ここまでやるの?」という感じで、これには素直に驚きました。
何事も突き抜けるくらいに、堂々と推し進めると、それは何かしらの効果があるものだと、改めて思わされました。
(ちょっと今回、ネタバレを回避するあまり、何言ってるのかさっぱり分からん、という感じで、大変申し訳ないですが…。)

で、今作で、著者が新たに挑んだことですが…。
これこそ詳細な説明をすると、完全なネタバレになってしまうのですが…。
これは述べても問題ないかなと思いますので、簡単に書きますと、今作で著者が挑んだのは、メタフィクションの手法です。
何しろ冒頭が、著者自身が、「ぼぎわん」(後に「ぼぎわんが、来る」に改題)で、
日本ホラー小説大賞の、大賞受賞の告知を受ける場面から始まりますから。

余談ですが、私は残念ながら、「ぼぎわんが、来る」を読む前に、今作を先に読んでしまいましたが、
少なくとも、この小説に関しましては、「ぼぎわんが、来る」は、先に読んでおいた方がいいかと思います。
「ぼぎわんが、来る」執筆の裏話がかなり出ますので、先に読んだ方がより面白いと思います。

話を戻しまして、メタフィクションですが、メタフィクションで思い出すのが、以前記事を書きました三津田信三ですが、
三津田信三のメタフィクションは、主に話の導入部と、その小説の話者(主に一人称の口語体)を設定する為に、
用いられることが多い印象ですが、
今作でのメタフィクションは、著者自身の身近な現実と、作中の不穏な創作の、虚実の皮膜が次第に曖昧になり、
現状認識に揺さぶりをかけるといった、従来型のメタフィクションで多く用いられる手法になっています。
このような入れ子構造は、複雑化すればするほど、その入れ子構造の構築自体に、
小説の力点が向かいがちな側面があるかと思われますが、この小説の素晴らしいところは、その入れ子構造が、
あくまで、この小説が目指す恐怖を、より鮮明化する為に用いられていて、主軸がブレていない点だと思います。
そういった手法を主軸にして、今作が目指した恐怖は、はっきり作中で提示されていますが、
それは書いたらあかん、と思いますので控えます。興味のある方は、是非お手にお取り下さい。

私は小説を読みながら、この著者は一体どうやって、このお話を創っていったのかなと、
真偽のほどはともかくとして(多分、偽の方が遥かに多いと思います)、自分なりに想像するのが好きです。
では、この小説はどうだったのかな、とも考えてみました。以下は、根拠不明の完全な憶測になります。
まず、手法が先か、主題(この場合、今作が目指した恐怖の形)が先か、ということがあると思いますが、
今作の場合、私は主題が先にあって、それをいかに伝えるかということで、メタフィクションがきたのでは、と思いました。
このような、ある主題(必ずしもテーマとは限りませんが)が軸にあって、それを狙い通りに伝える為に、
基調の手法や、お話の展開や、ディテールを決めていくというのは、実に王道的な、物語の創作作法だと思います。
作法は王道でも、展開の仕方や、ディテールの配置などが独特ですので、この著者の小説は面白い、
というのが、現時点での、私の勝手な憶測です。

「ずうのめ人形」では、伝播する恐怖を描き、今作では、また違った恐怖に挑んだのですが、
これは批判でも何でもありませんが、それを読んで私は、この著者は無数の引き出しがあるなあ、とは感じませんでした。
今作が目指した恐怖それ自体は、決して目新しいものではないと思いますし、他の小説家も散々やっています。
変な喩えかも知れませんが、今更スティーブン・キングに、「ネタが新しくない!」と、怒る人はまずいないと思います。
そうではなく、それをキングが書いた、ということの方が、大事なのだと思いますが、
私がこの著者は何を書いても面白い、と感じたのは、そんな感じがしたからだと思います。
主題が既存のものであっても、この著者なら、今まで読んだものとはまた違ったアングルで、それを見せてくれるのでは…。
そういう期待が、あるからだと思います。
同じ時代に、同じ国に生きているという、同時代性を感じる、素晴らしい小説家と出会えた、という気がします。
プロフィール

WORLD BEANS

Author:WORLD BEANS
ホラー小説専門同人誌、
「DAMMED THING」告知用ブログです。
活動状況はほぼ更新せず、大半は読んだホラー小説のことを、ぶつくさ書いてます。
ツイッター
@WorrdBeans

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